夏姫たちのエチュード
          〜789女子高生シリーズ

           *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
            789女子高生設定をお借りしました。
 


       




 ちょっとした小金持ちレベルのひがみっぽいお嬢様なんかじゃあ、すぐさまメッキが剥がれての到底敵わぬだろほどに。何もかもに恵まれ、それはそれは心豊かに育てられた。人性清らかなお嬢様の数多に通う、都内でも著名なミッション系の女学園がありまして。歴史も古くて、淑やかな賢夫人の育成という伝統を重んじつつ、他方では 女性である前に“ひと”であれと、表現の自由にもなかなかに寛大。ただし、言動への責任が取れるようになってから掛かってらっしゃい…ということか。同好会だ部活だという安定した肩書をほしいなら、せめて頭数をそろえて、尚且つ2学年をまたぐことという規定を守ってねという、最低条件を果たせないものだから。やむなく外での練習を重ねていた、ロックバンドのグループを構成しておいでのお嬢さんたちがおりまして。

 「ゆっこ?」
 「おはよう、あいちゃん。」
 「時間とか、言ってたっけ?」
 「ん〜ん、でも。あ、きぃちゃんも来てるよ。」
 「おはよう。」
 「おはよう、みんなもいるんだ。」
 「あ、サッチ。」

 ただ楽器演奏が好きだから。演奏して歌って、たくさんの人が一緒に“楽しい”を共感してくれたらいいなと思うから。それはそれは一途に純真に、それしか考えてないから だから。苦手なコードに指が届き切らなくて キィッてなってもやめないし、変調のところの出足がそろわないって、ベースのあいちゃんとボーカルのサッチが揉めかかったこともあるけど、アイスのダブルを同じの頼んだって気がついて吹き出してから、あっと言う間に元通りの仲良しに戻ったし。中学の進学コースが一緒だった頃からのお友達で、だから、まだ二年目なのにね。一緒にいる夏だってまだ二回目なのにね。何でかな、ずっと一緒にいたいし、何も言わなくても色んなこと判るときあるし。好きなもの嫌いなもの、空気が読めないサッチなのも、読め過ぎて怖いゆっこなのも皆で良く知ってる。それでいいってことを選びそうな予感も、そんなことしちゃダメってこと選びそうな間合いも…ってのが困りもんで。

 「…もしかして、今日もあの不良が来るかもしれないよ?」
 「うん…。」

 皆も薄々判ってたみたいで。判ってるんだろなって判ってて訊いてみたらしい、ベースギターの入ったソフトケースを、細っこい肩に提げて来たあいちゃんとやら。その重みで引き吊れかけてるサッカー地のブラウスの襟元を直しつつ、

 「でも、あと3日だしね。」

 蝉がしゃんしゃんしゃんと鳴き始めた中で、そうとくっきり言い足せば。後の3人もうんと、それは深々と頷いた。だって約束したじゃない。学校に部がないなら自分たちで作ろうって。ううん、部なんてなくてもいいって。ここのおじさんやおばさんたち、いい人ばっかりだし。それにそれに、何たって演奏するの好きだもん。ベースとメインとギターの響きがくっついたり離れたりしながら重なるのを聴くのって楽しいもん。エレクトーンとかサキソフォンの音も重なって、厚さが出来て、どーんどーんって人の心を叩ける存在になってって。そういう音楽、聴かせられたら嬉しいじゃないって。それで始めたんだもの、聴いてくれる人がいるんなら、そんな簡単には諦めないよと。

  頷くと揃えた黒髪がさらさらと躍る、何でもこなせる優等生のゆっこが、
  ショートカットの寝癖、今朝は直してないサッチが、
  サキソフォンも好きだけど、ギターも弾けるよになりたい きぃちゃんが、

 皆そろって頑張って来たのだもんと、判ってるし判ってくれてるしなお友達が大好きで大事だから。あのくらいじゃあ諦めないぞと。何て言っていいのか判らなくって、でも判ってるよと、うんうんって頷き合っておれば、

 「やっぱり来たんだ。」
 「部が無いなら作っちゃえと頑張るような、負けず嫌いさんたちですものね。」
 「…、…vv (偉、偉)」

 そんな調子の不意な声が割り込んで。

 「え…っ?」

 結構な怖い目にあったのに、それでもやはり、翌日には同じ場所へやって来た少女らが。申し合わせることもなかったからこそ、バラバラに到着した先、なのにほぼ同じ頃合いに着いての鉢合わせになったいつもの広場にて。何とも感慨深そうに見合わせあっておいでだったところへの、あまりに思わぬお声だったので、

 「あ…。」

 やはり多少は怯えもあったか、肩を縮める子もいる中へ。タイルっぽい石の張られた広場への取っ掛かり、もっと下の地下街へ降りてく階段口の、腰高の衝立みたいになってた石積み風の仕切り壁の陰から、ひょいっと飛び出して来た人影があって。

 「草野先輩?」

 水色の瞳に金の髪した、でもバタ臭いお顔じゃあないところがやさしげで綺麗と、下級生たちにも抜群の人気を博している、色白で美人の名物先輩…だけじゃあなくて。続いて出て来た顔触れは、三木先輩と林田先輩という、そちらもやはり女学園での人気を競い合う3人娘が、何でだろうか勢揃いしておいで。昨日も普段着でおいでだったらしいが、今日はまた一段と…機能的ないで立ちのお3人であり。やわらかデニムの七分パンツに、ちょっぴり大きめのTシャツは、同じデザインのそれだが浅青にオレンジに赤という色違い。どなたもそれぞれに格式あるご自宅にお住まいという顔触れのはずだから、その格好で正門から出て来るには無理があろう。どうやらどこかで着替えて来ての装いらしく、

 『あ、八百萬屋の風格は古さだけですから。』
 『こらこら、ヘイさん。』

 あのお家だって、実は名のある古民家研究者のせんせいから、譲ってくれるなら何億でも出すって言われてるそうですよ?と。七郎次がお父さん経由で得た情報を聞かせたのは あいにくと別の日だったが、それはともかく。

 「すぐには挫けない勇気や度胸は、偉いと褒めたいほどですが、
  危険を伴う無茶は、あんまり勧めたくないなって思うの。」

 今はまだ、その長いめの髪を肩へと散らした格好のままな草野先輩が、そんな言いようをなさったのは。具体的には言わなんだが、彼女らも居合わせた あの乱入騒ぎを指してだろうとすぐにも察せられて。よくは見えなかったのだけれど、あの乱暴な人たちが随分とさっさと逃げたのは、こちらにおいでの三木先輩が毅然と睨みつけた迫力に負けてだ。自分たちだけだったなら、いつぞやそうだったみたいに やめて下さいと泣き出すまで怖い声で怒鳴られたかも。今度こそはと叩かれたり、アンプみたいに蹴ったりもされていたかも。

 「でも…っ。」

 今も確かめ合ったこと。あんな人たちに好き勝手されたくらいで諦めたくないからと。それを言い返そうとしかかった、ゆっこちゃんとやらが何ごとかを言い出す前に。

 「だから。アタシたちが“ローディー”をやらせてもらいます。」

   「はい?」×4

 付き人って言った方がいいのかな。練習に集中していられるように、誰かが呼びに来たら応対したり、あとは買い出しとか…見張りとか。

 「え、でも…。」
 「だってそんな。」

 だって先輩にそんなこと。こっちが付き人になるならともかく、畏れ多くもお姉様がたに させるわけにはいきませんと。顔を見合わせたり、いけませんてと言い返そうとしかかる彼女らへ、

 「女の子がついてたほうが気兼ねも要らないでしょう?
  それに、アタシはこう見えても剣道部の猛者ですよ?」

 そうと言った草野先輩の口調が、心なしか少しほど強まって。

 「あんな怖い人たちが また来るかもしれない中、
  それを知っておりながら、あなたたちだけ置いてけますか。」

 「えと…。」

 これは先輩としての、そう、わたしたちのゴリ押しだから。そうそう、小さな親切 余計なお世話ってやつだと思って。ヘイさん、妙な言い回しを御存知ですね…などなどと。先輩さん同士での軽快な問答となる中、ずっと黙っておいでだった三木先輩が、目が合ったあいちゃんとやらへ にこぉっと微笑ったため、

 「あ………………。////////////」
 「おおお。久蔵殿、ナンパしてどうしますか。」
 「???」

 そんな一言へ、目を見開くと自分を指差し“女なのに?”と言いたいらしい久蔵へ。でもほら、腰抜かしてますしと平八が言い返し。それが何だかコントみたいだったので、残りの面子もついつい吹き出してしまっての、それで何とか話も通った模様。

 『でもねぇ。』

 昨日の昨夜、何だか奇妙な仕立てよねぇと、それこそ意味深な言いようをなさってた白百合様が、一体 何と言い出してのことなのか。ともあれ、お三人様、彼女らにとことん付き合う所存なようでございます。





       ◇◇



 相変わらずに酷暑が続くせいか、バンドの演奏練習はお昼前と夕方ごろだけにと決めておいでらしく。お昼を食べてからの午後は、商店街の皆さんが分担している、フェスティバルへの準備のお手伝いを少々手掛けるのだとか。よって、飛び入り参加のお嬢様たち3人も、それへも手を貸してのお手伝いを堪能し。ティッシュで作るお花は、意外と久蔵が上手だと判明したり、それは準備とは関係ないというに、非常誘導灯の灯り方がおかしいのとか八百屋さんの天井のファンの回転がおかしいのとか、次々と手掛けて修理してしまった平八だったり。別なことでも重宝がられての、さて。

 「……じゃあ、BからFいってA…ってメドレーラインで。」
 「うん。」
 「OK〜vv」

 蝉の声がヒグラシのそれへと少しずつ入れ替わる頃合い。夏休みでも練習が合っての学校帰りや会社帰りの人々が、少しずつ行き来し始めるのを感じつつ、楽器やアンプのセットを終えた少女らが、コピーしたのや手書きの字がびっしりという、色んな楽譜を突き合わせ。彼女らなりの符号を言い合って打ち合わせとすると、ギターやキーボードといった配置につく。既に待ってた常連さんもおいでで、ステップを座席代わりに腰下ろし、小声で始まるよなんて言い合っていて。

  ――― カウント合わせて、3、2、1

 ビートの利いた、ノリのいい最初の曲の前奏が始まって。あ、これ知ってるという女の子の囁きがどこからか聞こえたのが、何だか昨日の自分たちを見るようで擽ったい。

 「あ、始まってる。」
 「早く早く、今日は ○○リミックス Ver.のメドレーみたい。」

 少しずつ増えてゆく聴衆たちの中、さすがに…彼女らをと見守る目が増えたのと、その監視役が選りにもよって、自分より上背のある恐持て相手に、ぐわしっと胸倉掴み上げるような末恐ろしい少女とその仲間とあってだろうか、

 「そんな言われようはムッとしますが。」
 「でも嘘ではないわよね。」

 「・・・。」

 こしょこしょと言い合うお友達の“声”は聞こえているようで。なのに。何のことだかと途惚けつつ、ちょろんと目線だけを明後日に向けた久蔵。その視線が…生け垣の上、大通りの側へと睨み上げるように振り向けられれば、

 「……っ☆」

 そこに居合わせたらしい、だぶついたシャツに随分とローウェストにしたズボンを合わせた、どっかで見た覚えのあるよたものが、あわわと後ずさりそのまま駆け出してったりし。

 「今日は見に来ただけってとこでしょか。」
 「らしいですね。どれほどの張り番がいるのかを確かめてるのかも。」

 そおいや昨日、佐伯さんが来てたの知ってます?

 え? ここに?

 ええ。まあ車で通ったのが見えただけだから、
 文字通りの通りすがりなんでしょが。

 知り合いの刑事さんの名前が出たものの、だって言うのに…こんな厄介ごとに関わってるのと相談しようとは思わないのも、思えば か弱い女子高生にはあってはならぬ妙なことだろか。

 “でも、そこんところが問題なんですもの。”

 ある意味“絶対正義”の組織なんだから、乗り出してくれたなら悪い奴らは まま近づかぬだろうが。そんな物騒なところなのかという印象も広めてしまうのが難点で。特に宣伝した訳でもないのに、じわじわっと人が集まり出した。そんな自然な現象なのへ、余計な波を立てるのは賢明じゃあない。なのでと、昨夜は“あらそう”で済ませたのではあったが、

 “…でもねぇ。”

 何だか怪しいなと、七郎次お嬢様が引っ掛かったのは、件のチンピラ連中が、妙に押しが弱かったことへ。何が立ち塞がろうと知るかとばかりに、ぐいぐいと大暴れ…までは出来ない根性なしならば、苦手な大人の止め役が駆けつける対象と判っているのだそのまま諦めればいいのに、なんでまた。性懲りもなく何度も姿を見せ、彼女らを怯やかすのか。あまりの怖さに逃げる度胸も沸かぬまま、楽器大事とせめての抵抗、ギターを抱き締めてうずくまってた事もあったらしいが、そういえば不思議と叩かれたり蹴られたりはしたことがないという。

  ―― そこまで健気な姿に心打たれたか、
     でも…だったら尚更、もう来ないんじゃないの?

 手を挙げかかる手合いがいなくも無いが、

 『それはやばいって。』

 必ず誰かが止めるので、拳を降り下ろせぬまま。覚えてろという捨て台詞へと運びの“今日はここまで”と去ってゆく彼らなのだそうで。

 「脅しはかけたいが、警察沙汰にまではしたくない?」
 「なんですか、そりゃ。」

 そりゃあまあ、よほどの抗争ででもない限り、逮捕されてもいいと念頭においてなんていう、そこまでの覚悟をして暴れるチンピラも珍しいですが。大体、人へ いちゃもんをつけて来る行為自体が、威力業務妨害にあたって…と言いかかった平八もまた、

 「………そうですよね。
  何がしたい彼らなのかを絞って考えたら、
  何だか妙なところで寸止めしているのが気になる。」

 「でしょう?」
 「???」

 まだ納得が至っていないのか、小首を傾げたのが久蔵だけとなったれど。小細工の要らない“強さ”に根付いた それは純粋な観念を、相変わらず保っておいでの彼女には、判れという方が無理なことかも。奇矯に見せてその実 素直で真っ直ぐだっただけ。世間の方があちこちに歪みを抱いてただけなのにね。融通が利かないことを不器用さだとされ、頑迷な奴だと鼻で嗤われ、だのに依然として強靭…という身なのを、化け物だ怪物だ死神めと詰られて。強いからこそ奸計が理解できないのであって、そんなの当然の理屈でしかない。

  と、いうワケで。

 感情のままに“むかつくぜ”と思っての、やっかみからの大暴れがしたいなら、その対象である女の子にだって平気で手をかけるはず。何も腕を折るほどとまで徹底しなくとも、勢いが止まらずに殴るとか蹴るくらいはしていても不思議じゃ無いのに、そこのところをぎりぎりで犯さないのはどういうことでしょね、と。出来るだけ咬み砕いての説明をして差し上げたのが平八で、

 「警察の気配どころじゃない、
  商店街の店主の皆様が駆けつけても逃げるっていうじゃないですか。」

 「そんな弱腰って…ピンポンダッシュしている小学生レベルですよね。」

 おじさまがたには悪いが、一応は向こうも複数いるのだし、結構いい蹴りもしていたし。取り押さえられかかっても、その気になれば軽く怪我を負わせるくらいは容易に出来ただろう。そうなったら、忌ま忌ましいフェスティバルとやらも、怖いし危ないからと中止になる可能性は高い…。

 「彼女らが勇気振り絞って頑張ってるんだしってことで、
  今のところは中止にしようって声はない。」

 「まあ そうですが。」

 でも。例えば、彼女らじゃなくとも…演奏を聴いてたお客さんの誰かだとかが怪我をしてたら? 悪いのは乱入者だけれど、彼らが取り押さえられてたって、それでも開催は危ぶまれたかもしれない。準備期間中に事故があったってことで、おめでとうと賑わうのは筋が立たないってね。

 「…ホント何のために躍り込んで来るんでしょうかね。」
 「フェスの中止は望んでないんじゃない?」
 「??? でも…。」

 ちなみに、固まって見守っていては意味がないのでと、それぞれに持ち場を決めての3方向に離れて囲んでという態勢での護衛であり。会話は例のつぃったーでのものだったのだが、

 「???」

 じゃあ尚のこと、少女らを怖がらせてちゃあ意味がないのでは?と打ち込みつつ、練習中の あいちゃんたちを見やった久蔵へ、


  「怖がらせる…?」


 再び、何かしら引っ掛かるものを拾ったらしき七郎次が眉を寄せ、そしてそれから。


  「    ……………あっ。」




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  *今時のチンピラの服装がわからない。


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